魔王陛下が、怪我をして城に帰ってきてから、もはや事態は収拾のつかないことになってしまっていた。
 そのことで、何よりも戦争を、人が死ぬことを嫌う、魔王の意志とは反対に、戦いの火蓋が切られた。こちら側が、魔王への攻撃を宣戦布告だと受け取ったのだ。受け取らざるを得なかった、とさえ言えるかも知れない。
 この緊迫した状態がプツリと切れて、今までにない戦争へと突入するのは時間の問題だと言うことができるだろう。
 とにかく、事態はそれほどまで深刻になっていた。



指先ロマンス☆

 己の執務室で、ひたすらグウェンダルは仕事をこなしていた。
 一体いつから、戦争を回避しようと考え出したのか。これも恐らく新しい魔王の影響かと思うと、いささか気分が悪くなった。
 ええいと、邪念をはらって再び仕事に取りかかる。自分の仕事だけでも普段の数倍はあるというのに、魔王の仕事も引き受けてしまったため、並大抵じゃない量の書類が机の周りにそびえ立っている。
 今、この仕事が出来るのは自分だけだ。
 とびそうになる意識を必死に呼び戻しながらひたすら右手を動かす。
 ペンだこ?そんなものはもう忘れてしまった。腱鞘炎?そんなものに気付いている余裕すらない。
 城内の、ほとんど全ての者が必死で働いている。ここで今自分が、仕事を滞らせるわけにはいかない。
 コンラートは戦場で先頭に立って指揮をとっているだろう。
 ヴォルフラムは魔王と共に行動していたが、彼を連れて帰ってくる際に、敵の手によって蒔かれたウイルスを持って帰ってきてしまった。おかげでこちら側の兵士にもいくらかそのウイルスによる伝染病の被害が出ているが、ヴォルフラムの行為は間違ったものではなかったはずだ。彼のおかげで魔王はまだ命がある。
 そしてギュンターは今その調査に取り組んでいる。
 もう、誰も彼もがいっぱいいっぱいだ。
 アニシナも、いつもの不敵な笑みを顔から消して、働いている。

 がちゃりとドアが開く音がして、顔を上げる。
 顔を上げるという行為がこんなにもおっくうだと感じたのは初めてかもしれない。
 首が痛く、頭が重い。さらに手元とそこにある紙ばかりを見ていたからか、前の景色を少し眩しいと感じたと同時に薄暗さを感じた。いつの間にか日が落ちる時間になっていたのだ。
(ああそういえば)
 ドアの前にたつ人物を見てぼんやりと思う。
 ドアをたたく音にさえ気付かなかったと。
「ずいぶん、お疲れみたいですね」
「ああ」
 久しぶりに声を出したような気さえする。声が上手く出せない。かすれてしまう。
 目の前の男はいつものように微笑んで立っている。けれど、その服は砂っぽく乾燥していて、さらに、少し痩せたと分かる顔つきだった。疲れているのか、生気がいつもよりもないように見える。それでいて、存在感はあるのだからすごいと思う。ただ少し、薄いのだ、印象が。
「それで」
 コンラートがここにいるということは、何かを伝える為だと気付き、すぐさま報告を促す。
「単刀直入に言います。とりあえず、一触即発の状態はなんとか回避できました。あとこれで、陛下の目が覚めてくれれば……」
 視線だけで頷いてみせる。
「ユーリ、じゃないのか?」
 こんな言い方をした自分に思わず舌打ちをしたくなった。まるで、死んでしまった人に対して言うみたいな台詞ではないか、と思ったのだ。そんなつもりは全くなかったというのに。
「そうですね、ユーリ」
 コンラートはその「ユーリ」と言う単語を慈しむように丁寧に発した。こちらの動揺はおそらく気付かれていない。気付かれていてはたまらない。
 カツカツと、彼は近づいてきた。
 コンラートが軽く押したのだろう。ドアがカチリと音を立てて閉まった。
 引きつけられる、目が離せない。もう、なにをするのにも疲れを感じるようだった。
「どれくらい寝てないんですか?」
 隈ができてる、と言って、親指で目の下をコンラートは触れた。思わず眉間にしわを寄せて目を細める。
「三日、あるいはそれ以上」
 答える前に、ずばり正解を言い当てられてしまう。
 黙っていると、大きくため息を吐いて、普段ならどんな手を使ってでもベッドにはいってもらうところだと物騒な言葉をさりげなく言って、彼は困ったような表情を向けた。
「無理はしないで」
 という言葉に軽く頷いて、
「お前もな」
 と返した。
 それから、数秒間の間があって、もう退室するのかと思ったコンラートは唐突に腕を伸ばして手に触れてきた。ゆるまった右手から持っていたペンが音を立てて落ちた。
 いつもよりも硬く、かさついてはいたが、指先を絡ませた手から相手の体温を感じてなんとなくホッとした。とりあえず、生きている。それも健康な状態で。
 普段は当たり前のことが、こういう時になると無性にありがたく感じる。何人死んだかだとか、敵の数はどれくらいだとか、それは数字として分かっている。自身も戦場へ赴いたことがあるため、それがどれほどの数かということも、ある程度正確に理解できているつもりだ。しかし、どれだけこちらが優勢だったとしても、生きて帰ってくるということはただ運が良かったとしか言えないのだ。
 ぼんやりしている様子がおかしかったのか、苦笑に近い笑いをして、手になにかを押し込めた。
「たまには休憩することも大切ですよ」
 その方が、仕事の効率も上がりますしね、と言って今度こそ本当に、部屋から立ち去った。
 押し込められたものを見て、思わず顔の筋肉がゆるんだ。
 それは、いつ作ったのかも曖昧な、少し薄汚れたあみぐるみだった。
 胸にわき上がってきた衝動を、軽く唇を噛むことで押さえて。
 ペンを拾おうという気持ちがわき上がってくるまで少しだけ、休憩しようと思った。


 交換しよう!と言うことで、電柱人さんの疲労と交換したコングウェです。
 コングウェ……電柱人さんに影響されて、ってこともないけど(ある気もするけど)、好きなのに、本編で絡みがあんまりないし、私の中のコンラートが(あんまり)腹黒じゃない設定なので、いきなり豹変したりってことができないために、ネタが思い浮かばないのが現状です。
 些細なところで萌えるしかない!(でもそこが、萌える!)(もう病気)
 実は、原作が小説のやつを私がいじって小説にするなんて事絶対にしないと思っていたので、マ王が初めての取り組み(?)なのですが、やっぱり原作者はすごいなぁと思いました。
 どうやったら、あんなに面白いと思ったり笑ったりできる文章が書けるんだろう。やっぱりプロはすごいと思いました。
 ていうか、ほんと、ユーリを瀕死の状態にしちゃってスミマセン。しかも、戦争とか勝手に作っちゃうし……!(だって、小説の世界とほとんど同じ時間枠だったら色々矛盾が生じちゃいそうな気がして、さ☆)
 ほんと、眞魔国、大ピンチです。あ、全部作り話なんで、ほんと。
 そうそう。忘れてたけど、ラストのあみぐるみはグウェンダルが初めて作ったもので、コンラートにプレゼントしたものなんだぜ!っていうサブイ設定があったりなかったり。(笑)
ええと、何度もタイトルを「ときめきロマンス☆」にしてしまいました。(いっそ、変えようかなぁ、もう)

2005/09/11...MIKO